無窮 i ラボ Blog

知的ネット社会、知そのもの、機械との共生、プログラミングに関して。

 
 

ある会議のセミナーでの講師の方の言葉:

 議論は立体的である。上乗せ・掘り下げを行うこと。
スポンサーサイト
 このエントリーをはてなブックマークする このエントリーを含むはてなブックマーク
神永 正博 : 不透明な時代を見抜く「統計思考力」 (ディスカバー・トゥエンティーワン, 2009) p.6.

 よく、群衆の叡智(wisdom of crowds)と言われますが、ただの感想をたくさん集めても、議論はなかなか収束しません。データは、議論のための共通言語です。一人でも多くの人が、データに基づいて議論するようになったら、すばらしいことです。

 このエントリーをはてなブックマークする このエントリーを含むはてなブックマーク
川喜田 二郎 : 続・発想法 (中公新書, 2008) p.94.

>いったい、ほんとうの意味で衆知を集めるための会議は、どのように行うべきものか。そのなかで評価はどのどうすればよいのか。
 これは、前著でもふれたように、算術の四則演算のようにおこなうのがよい。ただし、加減乗除の順ではなく、加乗減除でなければならない。


川喜田 二郎 : 続・発想法 (中公新書, 2008) p.265

>「どのような意見も、それを足し算で加えて、掛け算で組み立て、位置づけを明らかにするまでは、どれほどの価値のあるものかがわからない」... 掛け算がすむまでは、まだ多数か少数かをいうべきでない。

 このエントリーをはてなブックマークする このエントリーを含むはてなブックマーク
Jr.,John D. Anderson=著, 織田 剛=訳 : 空気力学の歴史 (京都大学学術出版会, 2009) pp.309-310.

[1903年にウィルバー・ライトからジョージ・スプラットにあてた手紙]

>誤りが紛れ込んでいない真実などなく、完全に間違いであって少しの真実も含まれていない誤りもない。あまりに早急に誤りを捨て去ると、その誤りと共にいくらかの真実も一緒に捨て去ってしまう責任を負うことになる。同様に他人の議論を受け入れるときには、必ずいくらかの間違いも一緒に手にしてしまう。正確な議論とは単に互いの目に映った大きな誤りと小さな誤りを両者がはっきりと見えるように拾い上げる過程である。... [p.307] 55[*]

* 55. McFarland, Marvin W. (ed.) 1953. The Papers of Wilbur and Orville Wright. New York: McGraw-Hill.

 このエントリーをはてなブックマークする このエントリーを含むはてなブックマーク
2009/8/9放送のYTV「たかじんの そこまで言って委員会」における、三宅久之氏の発言の旨

議論において「○○を知っているか?」というのは卑怯だ。知っているならば、自分から話せ。



関連:
岩田 宗之 : 議論のルールブック (新潮新書, 2007) p.120.

> 議論とは、「正しいことを得ようとする場」だと述べました。そして、正しいことを得るには、仮説を出し合い、それに対して反証を出し合うという手法が有効です。


岩田 宗之 : 議論のルールブック (新潮新書, 2007) p.121.

>「悔しかったら反論してみろ」ではなく、「お願いです。どうか反論してください」でなくてはなりません(...)。


岩田 宗之 : 議論のルールブック (新潮新書, 2007) pp.97-98.

>討論は、自分のためだけにするものではなく、むしろ観客のためにするものです。意見は討論の相手に言うものではありません。観客を意識しない討論は無意味です。

 このエントリーをはてなブックマークする このエントリーを含むはてなブックマーク