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無窮 i ラボ Blog

知的ネット社会、知そのもの、機械との共生、プログラミングに関して。

 
 

2009年大晦日のNHK「紅白歌合戦」時間帯に、ツイテレを利用していました。

ツイテレ(広く捉えれば、放送局ごとに整理されたTwitterタイムライン)に関する考えをまとめると以下になります。

ツイテレは放送メディアの上位に位置する、メディアの中のメディアである。ツイテレによりユーザは、放送局の番組を視聴するのではなく、放送メディア全体を見る。


私が考えるに、

● ツイテレがもつ能力

ツイテレの前で放送メディアは「おもちゃ」になります。


● ツイテレの能力の由来

ツイテレの能力の由来は、「遅延なき」「文字メディア」であることにあります。

 ○ 遅延なき

遅延がないから、ツイテレは「その時に見なければ、後の祭り」の放送メディアと親和性が高いです。

 ○ 文字メディア

文字メディアによって、複数の動画メディアを受け手は捉えることができます。

動画メディアは、一つの場面について全体細かい情報を送れます。しかし、受け手は一つの場面の時間進行しか捉えることが出来ません。

一方、文字メディアは、一つの場面について発信者の意識の集中領域の情報しか送れません。しかし、受け手は、複数の場面のしばらく過去から現在時刻までの情報を捉えることが出来ます。


● ツイテレを使うユーザは何を見るか

ツイテレを使うユーザは、以下の情報を捉えることができます。

 ・複数(大手すべて)の放送メディアで放送されている内容。
 ・それに対する他のユーザ(これもメディアである)の意見。

ユーザは、常に一番見たい場面が放送されているチャンネルを視聴します。ユーザは自らの確信をもってチャンネルを頻繁に変えます (「チャンネルを変えさせる超兵器」)。

つまり、ユーザの前には、総動員された放送メディア全体 {複数局×(放送情報+視聴者反応情報) }が置かれています。ユーザはそれを自ら編集して視聴します。これまでのように放送局 1局の放送を視聴するわけではないのです。


ツイテレを使うユーザの思考に起こるだろう変化については、別エントリーに書きます。


以下を参考した:
Twitter×テレビ(NHK紅白歌合戦2009)の効果について考えてみました。 ≪ 健康美容ニュースブログ|ダイエット・病気・症状
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インターネットを使ってすべてのことができるわけではない以上、リアルな事物との結合点(乗り換え交通点)が重要である。

ウェブへの失望は、インターネット上の成果がリアル空間に役立っているように感じられないから生じる。結合点を整備して、出口を開ければ閉塞感がなくなる。

インターネットにようこそ。 : ひろゆき@オープンSNS

>数年前ぐらいに「2ちゃんねるは終わった」という議論が活発になったことがあります。
その当時は、ネット上で多数の人が自由に議論する場所というのが出来たことで、社会にいろいろな影響を与えると期待されていたのですね。

んでも、結局、ネット上の出来事は、ネット上の出来事でしかないので、社会には何の影響も与えなかったわけです。

んで、ネットって無力だよねぇ、、ということで、「2ちゃんねるは終わったよねぇ」なんて言われていたわけです。

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メディアは、特定の個人・集団にとって、都合の良い・心地よい世界でありうる。Webメディアも、在来メディアも、そうである。

dSb :: digi-squad*blog: 「EPIC 2014」日本語訳

最高の状態では、EPICは、見識のある読者に向けて編集された、より深く、より幅広く、より詳細にこだわった世界の要約といえる。
 しかし、最悪の場合、多くの人にとって、EPICはささいな情報の単なる寄せ集めになる。
 その多くが真実ではなく、狭く浅く、そして扇情的な内容となる。

だから、メディアはそれぞれそのメディアのなかだけで論を組み立てたがる。メディア間の思想流通は、メディア自身によっては行われにくい。

それは人間によって行われるのではないか。

複数のメディアに触れ、メディアそれぞれへの接触度合いを時間的に変化させる人間によって、妥当な論をもったメディアに支持が集まる。

他の正常なメディアは支持を得るために、自身の論を修正する。絵空事を吹聴するメディアに心地よさを感じる人間は、少数だからだ。
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