無窮 i ラボ Blog

知的ネット社会、知そのもの、機械との共生、プログラミングに関して。

 
 

定義
社会規模における“情報のフローとストック”を
 社会的な行動に変換する
   社会的な仕組み


概説・性質については、適切な解答を導き出す、社会の仕組みを参照ください。

補足:
「適切な解答を導き出す、社会の仕組み」と同義です。
スポンサーサイト
 このエントリーをはてなブックマークする このエントリーを含むはてなブックマーク
川喜田 二郎 : 続・発想法 (中公新書, 2008) p.94.

>いったい、ほんとうの意味で衆知を集めるための会議は、どのように行うべきものか。そのなかで評価はどのどうすればよいのか。
 これは、前著でもふれたように、算術の四則演算のようにおこなうのがよい。ただし、加減乗除の順ではなく、加乗減除でなければならない。


川喜田 二郎 : 続・発想法 (中公新書, 2008) p.265

>「どのような意見も、それを足し算で加えて、掛け算で組み立て、位置づけを明らかにするまでは、どれほどの価値のあるものかがわからない」... 掛け算がすむまでは、まだ多数か少数かをいうべきでない。

 このエントリーをはてなブックマークする このエントリーを含むはてなブックマーク

>「アテネの学堂」参加者がもつべき性質

「アテネの学堂」参加者は、以下の3つの動作の実践を習慣付けている(:癖にしている)べきだと、私は考えます。

  • ほめる:知的な行為を高く評価し、多様な考えの存在を受け入れる。

  • 書く:考える。知的である。

  • 公開する:生み出したものが、広く使われることに喜びをもつ。なお、「話す」を含む。

この「アテネの学堂」参加者がもつべき性質は、次のような関係によって、竹内 均 氏 が挙げる自己実現の方法と一致する。

 ほめる………感謝
 書く…………勤勉
 公開する……正直

Samuel Smiles=著, 竹内 均=訳 : 自助論 (三笠書房 知的生きかた文庫, 2002) pp.294-295

訳者 竹内 均 氏 の解説より。

>私の理解では、自己実現とは、(1)自分の好きなことをやって、(2)十分に食うことができ、(3)のみならずその結果が他人によって高く評価されることである。

 そして、その方法としては勤勉・正直・感謝以外にないというのが私の結論である。

 このエントリーをはてなブックマークする このエントリーを含むはてなブックマーク
谷川 流 : 涼宮ハルヒの憂鬱 (角川文庫, 2006) p.214.

「言語では概念を説明出来ないし理解も出来ない」


● ある言語の限界による損失

司馬 遼太郎 : 坂の上の雲 2 (文春文庫, 1999) p.319.

「和歌の腐敗というのは」
 と、子規はいう。
「要するに趣向の変化がなかったからである。なぜ趣向の変化がなかったかといえば、純粋な大和言葉ばかり用いたがるから用語がかぎられてくる。


知の国産

自国言語で技術が語られないことの、国的な損失は多大である。

立花 隆 : ぼくが読んだ面白い本・ダメな本 そしてぼくの大量読書術・驚異の速読術 (文藝春秋, 2003) pp.176-177.
> 福居浩一『タイ文字を創れ』(化学同人 二八〇〇円)は、海外技術協力の一環として、タイ、インドネシア、ビルマなどで、技術書をその国の言葉で出版する事業に取り組んだ日本人の物語である。
 東南アジアに限らず、発展途上国では、従来、技術書が現地語で出版されることはなかった。

> 幾多の難関をのりこえて、...といった一般向けの技術書が五十八点も各地で出版され、大歓迎される。現地語の技術書が出ることで、その国の技術水準が大幅に上がる。


梅棹 忠夫 : メディアとしての博物館 (平凡社, 1987) p.146.

東南アジアからきた青年たちは、英語の説明がないのをもどかしがったが、やがてハッと気がついていった。
「そうか、日本語は英語やフランス語とおなじように、それだけでなんでもいえる言語なんですね」
かれらの母国語では、なんでも表現できるわけではないので、とくに学術的な事項を説明するためには、英語はかれらにとって絶対必要だと感じられていたのである。... わたしたちは日本語でなんでもいえるのである。


金谷 治 訳注 : 論語 (岩波文庫, 1999) p.249-250.

巻第七 子路第十三 3 より抜粋

名不正則言不順、言不順則事不成、事不成則禮樂不興、禮樂不興則刑罰不中、刑罰不中則民無所措手足、故君子名之必可言也、言之必可行也、君子於其言、無所苟而已矣、

名正しからざれば則ち言順わず[:したがわず]、言順わざれば則ち事成らず、事成らざれば則ち礼楽興らず、礼楽興らざれば則ち刑罰中らず[:あたらず]、刑罰中らざれば則ち民手足を措く所なし。故に君子はこれに名づくれば必ず言うべきなり。これを言えば必らず行うべきなり。君子、其の言に於いて、苟くもする所なきのみ。

名が正しくなければ [*] ことばも順当でなく、ことばが順当でなければ仕事もできあがらず、仕事ができあがらなければ、儀礼や音楽も盛んにならず、儀礼や音楽が盛んでなければ、刑罰もぴったりゆかず、刑罰がぴったりゆかなければ人民は〔不安で〕手足のおきどころもなくなる。だから君子は名をつけたら、きっとことばとして言えるし、ことばで言ったらきっとそれを実行できるようにする。君子は自分のことばについては決していいかげんにしないものだよ。

* 名と実があっていること


● 言語の本質的限界

米盛 裕二 : アブダクション―仮説と発見の論理 (勁草書房, 2007) p.221.

言葉の曖昧さや不明瞭さを言語の欠陥としてのみみなし、それを一掃し、日常の言語を、いわば純化すれば、「理想的」言語が得られると考えるのは、言語の本質を全く誤解するものである

...

[自然言語に対する] 形式言語は、われわれが存在している世界において伝達のために用いる言語としては役に立たないということである (17)

(17) シドニー・フック編『言語と理想』三宅鴻・大江三郎・池上嘉彦訳、研究社、一九七四年、二二七頁。


「文章もインターフェイスである」

● 言語の拡張

ハイパーテキストという表現手法

詩と歌 (他のメディアとの組み合わせによる拡張)
 このエントリーをはてなブックマークする このエントリーを含むはてなブックマーク
ニュートンの浜辺を自動化して、"人の知ることしか知らぬ"ような状態を脱する。

ライプニッツの夢が要る。そして、できれば、ラプラスの魔の前提となる観測装置が欲しい。
 このエントリーをはてなブックマークする このエントリーを含むはてなブックマーク
結城 浩 : 数学ガール/ゲーテルの不完全性定理 (ソフトバンク クリエイティブ, 2009) p.120.

……人は誰でも計算だけで,
現に最も困難な真理すら判断することになるであろう.
以後,人々は,すでに手中にしているものについて,
もはや論争することなく,新たな発見に向かうことになろう. *1

*1 Gottfried Wilhelm Lebniz, 下村寅太郎他監修+澤口昭聿訳,『ライプニッツ著作集 1 論理学』, 工作社, ISBN4-87502-149-6, 1988年.

 このエントリーをはてなブックマークする このエントリーを含むはてなブックマーク
一般的な人間は、情報現象について直感で予測できない。しかし、物理現象や物理的な性質は直感で予測できる。

私は、駆使できるということの特徴の一つに、予測できるということがあるのではないか、と考えている。

情報現象を物理現象に置き換えれば、一般的な人間は情報現象を物理現象として直感的に理解することができ、さらに直感的に挙動を予測することができる。そして、情報を駆使できるようになるのではないか。

たとえば、ベイズ推計は、2色の色水の混合実験に置き換えることによって、理解しやすく表現できるのではないだろうか。
 このエントリーをはてなブックマークする このエントリーを含むはてなブックマーク
インターネットには「情報を探す」「人とつながる」という2つの使い道がある、というのは以前から指摘されてきたことだ。

近年、ソーシャルメディアと呼ばれるウェブのサービスが普及してきて、「自分のことを人に知ってもらう」という使い道があることに多くの人が気づき始めた。

私は、これら3つの使い道に加えて、「問題を解決する」という使い道があることに言及したい。

これは、ネット上の検索エンジン(代表的にはGoogle)で検索し、その結果から解答を得て問題を解決するという意味ではない。

問題が多数のネットユーザーに共有され、それに対して多数の知識が組み合わされた多数の解決策が提案され、またネットユーザの目による選別も行われ、一定水準以上の解決策が顕示される。

そのような「問題を解決する」という使い道が、ネットにはあるのだ。

発想の元:
佐々木 俊尚 : ネットがあれば履歴書はいらない――ウェブ時代のセルフブランディング術 (宝島社新書, 2010) p.9.

> インターネットには「情報を探す」「人とつながる」という2つの使い道がある、というのは以前から指摘されてきたことだ。

 だがここ数年、ブログやツイッター、SNSなどのソーシャルメディアと呼ばれるウェブのサービスが普及してきて、もうひとつの使い道があることに多くの人が気づき始めた。

 それは「自分のことを人に知ってもらう」という使い道だ。ソーシャルメディアによって、インターネットは新たな人々と出会ったり、自らのプロデュースする空間へと移行してきているのだ。


岡本 真 : これからホームページをつくる研究者のために――ウェブから学術情報を発信する実践ガイド (築地書館, 2006) p.23.

>一口にインターネットといっても、そこでは、どのようなインターネット利用が想定されているのだろうか。さまざまな利用スタイルが考えられる。モデル化すれば、次の区分がわかりやすい(倉田敬子編著『電子メディアは研究を変えるのか』勁草書房、2000年、212~213頁)。

 ・「特定の組織や個人のサイトから、何らかの情報を入手するために利用する場合」(情報入手型)

 ・「他の研究者たちと情報を共有するためにサイトを運営する場合」(情報共有型)

 このエントリーをはてなブックマークする このエントリーを含むはてなブックマーク