無窮 i ラボ Blog

知的ネット社会、知そのもの、機械との共生、プログラミングに関して。

 
 

文字がない世界において、人は自分の知識だけを頼りに活動しなければならない *。

文字を単なる模様ではなく文字であると認識する

形を理解できる(字体・手書きの癖に関わらず、文字を同定できる)

辞書で調べられる

この流れに支障があれば、それは文字がない状況と同じである。

発想の元:
水村 美苗 : 日本語が亡びるとき (筑摩書房, 2008) pp.179-180.

>第二次大戦後、アメリカの占領軍は、日本語をローマ字表記をすることを提言した。わけのわからない文字に囲まれたアメリカ兵の困惑と恐怖を思えば当然の提言でもあった。


* ただし、ピクトグラムを頼ることはできる。
スポンサーサイト
 このエントリーをはてなブックマークする このエントリーを含むはてなブックマーク
敷島の 大和の民は 言の葉の さきとく民ぞ 真さきくありこそ

  万葉集・柿本人麻呂を本歌取り

  「さき」は「先」・「幸」、「とく」は「説く」・「解く」の掛詞。


敷島の 大和の人は 言の葉の さき(先・幸)とく(解く・説く)人ぞ 真さき(先・幸)くありこそ 2011/ 1/11 6:40amを少し修正
 このエントリーをはてなブックマークする このエントリーを含むはてなブックマーク
相互テクスト性(:書籍同士の関連性の網のこと)の下位概念である。

 個人を中心にした書籍の間のつながり: 個人書架、ヴァールブルク文化学図書館・明治大学図書館林達夫文庫 ―― 本のコレクション内容と並べ方が、所有する人とその思想を語る
 このエントリーをはてなブックマークする このエントリーを含むはてなブックマーク
メディアは読み手に選ばれ、編集される。

 メディアは情報を選び、編集するが、メディアは読み手に選ばれ、編集される。

いかなるメディアも抗えない。なぜならば、

(1) 旧メディアは、特権的地位を持てない。

 現在の科学技術(特に、エレクトロニクス・情報通信技術)が実用化するメディア終端器(情報端末)は、旧メディアの終端器(紙・テレビ受像器)に比べて、優れた点がある。膨大な知の蓄積の上に発展する科学技術は、さらに優れたメディア終端器を生み出すだろう。

 だから、旧メディアの終端器は、読み手の支持を失っていくだろう。

 旧メディアは新しい終端器に自らを映そうと「乗り入れる」。

 新しい終端器(特に、体感的な新しさをもったメディア終端器)に映る姿で、旧メディアは再評価される。旧メディアは、従来の地位を保障されない。

(2) いかなるメディアも絶対的な地位を持てない。

 新しい終端器は、読み手の支持が高い。新しい終端器は、インターネットを伝送路として活用するだろう。誰のものでもない伝送路であるインターネット上では、情報は規制されず、すり抜ける。いかなるメディアも情報支配はできない。
 このエントリーをはてなブックマークする このエントリーを含むはてなブックマーク
バッチファイルから、他のバッチファイルを呼び出すには

 call

を使えばよい。

 A
 call B
 C

というバッチファイルがある場合、処理は A→B→C と進む (処理C は、処理B が完了するまで開始されない)。

ただし、バッチB の最後に「exit」を付けてはいけない。
 このエントリーをはてなブックマークする このエントリーを含むはてなブックマーク