無窮 i ラボ Blog

知的ネット社会、知そのもの、機械との共生、プログラミングに関して。

 
 

要約:
ネット選挙、そしてそれ以後に表れるネット政治は、以下の行動を内包する。これらは、社会(国)において、従来よりも適切な解答を導き出す:

(1) 候補者・議員、有権者(支持者、一般有権者)による、明示された意思表明(コミットメント)の蓄積による、

  - 有権者における、社会的問題に対する自説の構築と、問題解決のための有力な選択肢をよく理解した上での選択。候補者・議員、有権者による、過去の意思表明への省察。それらの積み重ねの結果として、候補者・議員、有権者それぞれ個人における、より根本的な問題に対する意見(政治観)の構築。

  - 有権者の政治への関心・行動の継続。それによる、議員-有権者間の政治的緊張感の継続、有権者による議員・執政者への政策実現優先順位の示唆。

(2) 支持・反対の迅速な可視化による、極少数意見への過剰に高い評価の排除、有権者の総意に従った大きな政策の実現。



(本文: およそ2200字、原稿用紙 6枚相当)

2013年(平成25年) 7月 4日に公示される第23回参議院議員通常選挙(投票日: 2013年 7月21日)から、2013年 4月19日に成立した「公職選挙法の一部を改正する法律」(平成二十五年法律第十号)によって改正された公職選挙法(昭和二十五年法律第百号)に基づき、インターネットを通じた選挙運動が解禁されます。

ネット選挙、そしてそれ以後に表れるネット政治は、社会(国)において、より適切な解答を導き出す以下の行動を内包します。そして、ネット選挙にはそのように政治を変容させる効用があると考えます:


(1) 候補者・議員、有権者(支持者、一般有権者)による、明示された意思表明(コミットメント)の蓄積による、

  - 有権者における、社会的問題に対する自説の構築と、問題解決のための有力な選択肢をよく理解した上での選択。候補者・議員、有権者による、過去の意思表明への省察。それらの積み重ねの結果として、候補者・議員、有権者それぞれ個人における、より根本的な問題に対する意見(政治観)の構築。

  - 有権者の政治への関心・行動の継続。それによる、議員-有権者間の政治的緊張感の継続、有権者による議員・執政者への政策実現優先順位の示唆。
* * *

ネット選挙によって、候補者、有権者による、政治・政策に関する文章表現が増えることが期待されます。選挙期間という候補者にとって最も有権者に訴えなければならない期間に、候補者、有権者が、自らの意思を文章表現でき、それを合法的なものとして白日の下に流通させることができます。

ひとつの効果的な集票方法として、有権者に支持者になってもらい、支持者が個人的に持つ信頼を使って、さらに支持を広めるという方法があります。候補者Aが有権者を支持者に変え、支持者が他の有権者に候補者Aを支持してもらうためは、説得が必要です。説得には、印象ではなく絵姿を示した言葉が必要です(印象だけなら、容易に他の候補者に上書きされてしまいます)。

そして、候補者、有権者によって、多くの文章表現が生産され、流通します。これは、選挙終了後にも、容易に閲覧可能な形態で蓄積されます(消すことは、信頼を失うことに繋がります)。

有権者は、自らの思考によって、自分の意見と多くの文章表現を組み合わせ、社会的問題に対する自説を構築していきます。

その中で問題への理解が深まり、問題解決のための有力な選択肢に対し、その構造や他への影響を含めて、理解した上で選択ができるようになります。

また、候補者・議員、有権者にとって、過去の意思を閲覧可能であることは、省察に役立ちます。都合の良い忘却、記憶の改変の影響を受けずに正確で、深い振り返りの実施に繋がります。

様々な問題に対して、それらを積み重ねていくことによって(帰納的結果として)、より根本的な問題に対する意見(政治観)が構築されます。


ネット上での文字書きを伴う活動は、些細なものであっても、他人への意思表明(コミットメント)です。人は、自分の過去の意思表明に強制される傾向にあるので、それは同時に、自分の未来の行動に道筋をつけるものになります。

しかも、ネット上での文字書きを伴う活動は、後からでも、自分で見返され、また他者に閲覧され得るため、自分の未来の行動に道筋をつけるもの(自分への強制力をもったもの)として、強いものです。

対して、投票は意思を表明する行為のひとつですが、自分が一度投票した投票用紙を二度と見ることはなく、また他者に閲覧されることは決してないため、自分の未来の行動に道筋をつけるものとしては弱いものでした。

それは、選挙後の継続的な政治への関心、政策の早期実現への行動を生みます。例えば、継続的な話題にすること(日常のコミュニケーション、周囲の人々の政策への誤った理解への是正、政策の内容・現状に関するコンテンツの作成・公開・他者への紹介、デモへの参加、など)。資金協力をすること(書籍・グッズなどの購入、募金・寄付、など)を挙げられます。

それによって、議員-有権者間の政治的緊張感が継続します。また、議員・執政者へ、政策実現優先順位が示唆されます。


(2) 支持・反対の迅速な可視化による、極少数意見への過剰に高い評価の排除。有権者の総意に従った大きな政策の実現。
* * *

ネットによる政治への効用のひとつは、支持・反対が迅速に可視化されることです。一部の極少数意見(多くの場合に"反対")が過剰に高く評価されて政策全体の実現が、たいていの場合に異常に消極的になることを防ぐことができます。

また、複数の政策は互いに二律背反な面があります。例えば、手厚い福祉と税金の少なさは、両方とも単独には支持される政策ですが、両立して実現することは(省資源国である我が国には)困難です。

よって、各々の政策を規模をいくらか削減し、それぞれを工夫して組み合わせて政策パッケージ(大きな政策)をつくることになりますが、反対勢力の出現は必至になります。反対だけでなく、支持と反対を迅速に数え、可視化することは、政策の組み合わせを調整し、政策パッケージを実現するために必要です。
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2009年6月に 海部 美知 氏が、知的ネット社会という意味で「アテネの学堂」という言葉を使い、それがブログ界を賑わせました。それから、4年が経ちました。……(1)

当時、以前から、“知の活発な流通を活用した、集団及び社会における適切な解答を導き出す仕組み”に関心があった私は、これぞ そのような仕組みを形成する・改良する好機だと、「アテネの学堂」という言葉を積極的に使いました。……(2)

「アテネの学堂」というテーマ(主題)における、他者との共同作業(「アテネの学堂」の整備)を目指しました。「アテネの学堂」を、「主にインターネットを介して知的で生産的な行為をする人々と、そのような行為を支援する仕組みなどの集合体」と定義し、「アテネの学堂」分野のコンテンツの作成や Wiki を開設しました。広まった言葉「アテネの学堂」に対象を限ることが、他者と認識を共有し、共同作業をする上で有利だと考えたからです。……(3)

しかし、「アテネの学堂」の世間・ネット界の関心や議論は継続しませんでした。私は、「アテネの学堂」を、今では、“知的ネット社会”と呼んでいます。「アテネの学堂」よりも分かりやすいと思い、使っています。……(4)

さて、2009年から選挙の度に話題になるネット政治は、2012年の衆議院選挙以降、公職選挙法(ネット選挙解禁)の改正もあり継続的なテーマになっています。「アテネの学堂」は、それが生み出す成果の対象を定めていませんでしたが、ネット政治は、意思決定の最たるものである政治を成果の対象にしている仕組みです。

今、知的ネット社会(「アテネの学堂」)に範囲・抽象度を限った活動ではなく、知的側面を強化した国民多数をもって大国を形成しようとする思想「大国高民論」(たいこくこうみんろん)から知的ネット社会の形成に至る思考を編んだ「我が国に制高面を」の次期改訂版(2013/10/27追記: 同文章として、知的ネット社会の設計を、2013/10/24に公開しました) を、私の活動の中心にしようと考えています。

すなわち、以下を予定しています:

 ・知的ネット社会に関する定量的知識の作成

 ・ネット政治・ネット選挙に関する研究  (2013/12/14追記: 2013/ 7/13 に、政治 を公開しました)

 ・知的リテラシー(知的生産・知的高度化((議論の仕方など))に関する知識・技術・技能)に関する Webサイトの作成・運営  (2013/12/14追記: 2013/12/ 7 に、知的挑戦の手引き を公開しました)

 ・小学生から利用できる、産業博物館のようなWebサイトの作成・運営――ただし、世の中に当たり前のようにある良いもの(例えば、機械装置、政治制度など)が、それぞれ、偶然(ポッと出)でも、必然(独りで)でもなく、多くの人の叡智と苦心と学術的・経済的・動員的・安全的・健康的基盤から、漸進的に生み出されてきたものであることを顕らかに見せるもの。  (2013/12/14追記: 2013/11/23 に、しくみの発達博物館 を公開しました)

これに関連して、以下のWebページ群の再編を予定しています。

 ・知的ネット社会推進本部
 ・大国高民論
 ・我が国に制高面を など。
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プログラミング言語 Ruby の設計者であるまつもとゆきひろ氏によるMatzにっき(2013-06-12) ((「ちょっと待った!小中学校でのプログラミング教育」の全文搭載))を、僭越ながら議題・問題の提供元として捉えて、この投稿を書きます。

「小中学校でのプログラミング教育」について、

第一の課題は「誰が教えるか」という点です。

教育対象としてのプログラミングを、一般教師が教えることは可能だと考えます。教師は、最低限、教科書を読めばよいのです。

教科書に、検索キーワードは書かれてあるのだから、教わり方が悪くて理解できない児童・生徒は、質のいい教材をいくらでもインターネット経由で手に入れることができます。

教科書という児童・生徒にとっては強制的に頒布されるメディアに、プログラミングに関する内容が入っていることが大事だと考えます。

第二の課題は「どのように評価するか」ということです。

これは、「プログラミング」単独で1教科にするわけではないのだろうから、課題を実現できるプログラムをつくれたら何点、穴埋め問題ができたら何点という評価の仕方でいいと考えます。

第三の課題は「なにを教えるか」です

まさに、まつもとゆきひろ氏の投稿の冒頭内容を教えればよいでしょう。すなわち、以下の事柄です:

現代社会はもはやコンピュータがなければ成り立ちません。そして、コンピュータは誰かが作ってソフトウェアがなければ、まったく役に立ちません。コンピュータは自発的に仕事をしてくれないどころか、誰か人間がソフトウェアという形でどのように仕事をすれば良いのか教えてやらなければ、なんの働きもできないのです。コンピュータが社会に役に立っているのは、ソフトウェアがあるからです。

どんなに賢いように感じられるコンピュータでも、自らソフトウェアを開発することはできません。コンピュータは単純な計算をものすごく速く行うことができますし、それを積み重ねることで人間を越える能力を備えていますが、その一方で、なにか新しいことを創りだすなどの創造的な活動は苦手です。はっきりいうとまったくダメだと言ってもいいでしょう。当面の間は人間がソフトウェアを作って、コンピュータに仕事を教えてやるしかないのです。

社会におけるコンピュータの重要性は明らかで、そのコンピュータがソフトウェアがなければ役に立たず、そのソフトウェアは人間にしか作れないとなれば、ソフトウェアを開発する人間こそが真に重要だということになります。

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教師の役割のひとつは、生徒に教えることをずっと以前から知っている人間として(「先」生として)、生徒に助言することだろう。

例えば、小学1年生で、足し算を習う。一部の賢い子供は、1個の粘土と1個の粘土を「足し」ても、粘土の塊が1個できるだけじゃないか、と混乱するだろう。

これを解きほぐすのが、足し算を知って、数十年を実世界で過ごしてきた教師である。

そのような教え子の存在に気づいたら、例えば、いろいろな量について、足し算に従う量と、足し算に従わない量に分けていって、両方があることを教え子に確認させるだろう。

足し算を知って間もない子供では到達できない認識を、教師は、助言できるのである。

教師は、足し算を知って数十年を実世界で過ごして、足し算を何回も実際に使用して、足し算に関する実地に則した知識を体得している。もし誤った考えを得てしまったのならば、それを修正し、足し算に関する自分の知識が決して独りよがりでないことを確認している。

もしかしたら、大学で、足し算に従う量に示量変数、足し算に従わない量に示強変数という名がついていることを知ったかもしれない。数学的に加算(の深い意味)を捉える機会があったかもしれない。

それらを踏まえて、小学1年生に足し算を教えるのだ。
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インターネット時代には、生徒は自分の出来の悪さを教師の技量の無さのせいにできない。質のいい教材をいくらでもインターネット経由で手に入れられるのだから。

検索ワードは、教師の板書に頼らなくても、教科書に書いてある。ある学習内容について理解できていないのに、検索して教材を探し、それを使って習得しようとしなかった生徒が悪いのだ、となる。


なお、この文章は、技量の向上に消極的な教師に言い訳を提供し、そのような教師を擁護するものではない。
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「想像だけで分かるんだったらニュートンはいらない、と。人間の想像力なんて、そんなもんなんです。間違わないように。」

なぜ勉強するのか、勉強が何に成るのか *、という疑問に対するひとつの答え。



東進TVCM「生徒への檄文篇(苑田先生)」

* 勉強が何に役立つのか、という問いは、何かが成るという前提に立っているので、より拙い問いである。
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購入: 2013/ 5/18

プラスチックキー。液晶の角度変更可能。太陽電池+ボタン電池。12桁。


単なる計算機、電卓である。それ故に、一人暮らしをはじめて 7年間、持っていなかった。

今回、関数電卓を持ち込めない、資格試験用に購入し、使用した。

単なる電卓を自分で買ったのは、初めてだ。なお、上に記した仕様は、私が、機種選定する上でこだわった点である。
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