無窮 i ラボ Blog

知的ネット社会、知そのもの、機械との共生、プログラミングに関して。

 
 

社会が天才・秀才ばかりである必要はないが、天才・秀才が生き・活きる社会であるべきである。

そのために、天才・秀才の思考(の一端)が共有されるべきである。それは、天才・秀才と一般能力者との架け橋になり(天才・秀才を得体の知れない者にしない)、且つ社会に天才・秀才を補給する後方連絡線となる。これによって、天才・秀才は孤立せず、消耗されない。
スポンサーサイト
 このエントリーをはてなブックマークする このエントリーを含むはてなブックマーク