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無窮 i ラボ Blog

知的ネット社会、知そのもの、機械との共生、プログラミングに関して。

 
 

2016/ 2/21 の日経新聞の「春秋」(朝日新聞の「天声人語」にあたる)を、どう読んでいいのか迷う。単なる問題提起なのだろうか。

最後の段落、

自らに正直な行動をするか、本心を抑え、周りの期待に応えるかという選択は時にアイデンティティーをかけた飛躍を伴う。心の専門家は「プラス面ばかり見てマイナス面を見ないと、空疎な理想主義に陥りやすい」と戒める。つらつら世を見ると、個人だけでなく、組織や国にも例が見える。胸に留めるべき教えだろう。

戒めの対象である理想主義は、「自らに正直な行動をする」極端を指しているのだろうか、それとも「本心を抑え、周りの期待に応える」極端を指しているのだろうか。

私は、さらっと読んで、前者に捉えた。しかし、私の捉え方は、私が個人主義に基づく理想によく触れ、平等主義的な社会主義に基づく理想に触れてこなかった影響によるものでないか。

ここまで考えて最大公約数的な読解をすれば、この文章は、両方の極端の理想主義を戒めている。しかし、それだけを言いたかったのだろうか?

なお、本文章において、戒めの対象である理想主義が「自らに正直な行動をする」極端を指しているならば、当該コラムに記された中学校の英語の時間のエピソード(下記に引用 *)は、(ネガティヴな)反知性主義の肯定を示唆するので、私はこの文章に抗議する (反知性主義の打破)。

* 春秋. 日本経済新聞, 2016/ 2/21.

キザで言えば、英語教育に詳しい鳥飼玖美子さんも新著でこんな話を紹介している。中学の英語の授業で、ある生徒がfishを完璧に発音したところ、仲間から「どうしたんだ、キザな発音して」とからかわれた。生徒はすぐ「フィッシュ」と日本語風に切り替えた。日本人中学生としての仲間意識を優先させたのである。


初出:
Facebook 2016/ 2/21
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