無窮 i ラボ Blog

知的ネット社会、知そのもの、機械との共生、プログラミングに関して。

 
 

「意識高い系」で失ったもの ボランティア・政治参加、阻む無力感 - withnews を受けて。

カタカナ語を乱用するような(修辞だけの)、という意味ではない「意識高い系」を、私は支持する:

理由:

低成長の時代は、2つの事柄を示唆する。

1つ目は、毎年の成長の積み重ねが、大きな成長を生むということだ。

よって、普通であってはならない:

上遠野 浩平 : ブギーポップは笑わない (電撃文庫, 2008) p.112

普通というのは、そのまま放っておいたらずーっとそのままだということだ。だからそれが嫌なら、どこかで普通でなくならなければならない。

2つ目は、成長率0%を単純化して言い換えれば、競争率2であり、2人のうち、1人は成長組に入り、もう1人は衰退組に入る、ということだ。

「意識高い系」によって、自らの能力は高まる。すなわち、「意識高い系」は、成長組に入り、生存するための、ひとつの方法なのだ。

補足1:

ただし、いくつか注意しておくべきことを挙げる:

● 評価は総合的にされる。「意識高い系」が全てではない。

●「意識高い系」の人が、他者の意見に対して不寛容ならば、その人は排除されるであろう。不寛容は、知性的でなく、良くない。

他者、及び他者の意見を、罵倒してはいけない:
関連: ネットで他者と交わる、対応する際の推奨指針

● 「意識高い系」の人は、現実に抗い、声をあげるのは良いが、現実はベストではないが、ある前提において合理的であることを意識すべきである:

立川談志が弟子に教えた、醜い嫉妬の解消法。 : ある編集者の気になるノート
(立川 談春=著「赤めだか」からの引用。立川 談志の言葉:)

よく覚えとけ。現実は正解なんだ。時代が悪いの、世の中がおかしいと云ったところで仕方ない。現実は事実だ。そして現状を理解、分析してみろ。そこにはきっと、何故そうなったかという原因があるんだ。現状を認識して把握したら処理すりゃいいんだ。その行動を起こせない奴を俺の基準で馬鹿と云う

そして、前提を覆すという革命は、人を殺す:

フランス革命ほど血生臭い話はないと思うが : パチンコ屋の倒産を応援するブログ

日本の教科書ではフランス革命をものすごく良い事のように書き続けてきて、都合の悪い事は書いて居ません。

市民の暴力革命によって王族を抹殺したという点で日本のサヨクが夢見る革命思想の見本のようにしたいのでしょう。

そのために都合の悪い部分はちっとも教科書に書きませんし書かせないのでしょう。

また、フランス革命によって革命政権が樹立されると革命政権は徴兵制を敷きました。30万人募兵令なんて言っていましたが強制的に各地で割り当てられた志願兵を出さなければならない内容でした。

この革命政権の横暴にヴァンデ地方の農民達が蜂起するとフランス革命政権はこれを鎮圧。この反乱だけで30~40万人の死者が出たと言われています。

ジャコバン派は反対派を次々にギロチンにかけていきました。そして革命政権は内ゲバを繰り返してジロンド派を粛正、フイヤン派粛正、ダントン派粛正、エベール派粛正と、少しでも対立があれば片っ端から殺していきました。これで残された人達が危機感を抱かないはずがなく、クーデターでロベスピエールらジャコバン派がギロチンで処刑されました。

日本の教科書なんかでは非常に肯定的に書かれているフランス革命は虐殺の歴史であり、フランスが自ら王室という権威を殺して潰してしまった事で王室を頂く他の欧州諸国からは下に見られてたりするわけです。

また、国の形としての軸をぶっ壊した事は現代にも尾を引いていてその後も体制がころころと変わり、いまのフランスは1958年から始まる第五共和政です。

見方を変えれば激しく歴史の浅い国だと言ってよいでしょう。

志ある者が知っておくべきこと――高度の平凡性

補足2:

社会は、「意識高い系」の人々を、孤立させてはならない。孤独は、時に、判断を誤らせる:

戸部 良一, 寺本 義也, 鎌田 伸一, 杉之尾 孝生, 村井 友秀, 野中 郁次郎 : 失敗の本質―日本軍の組織論的研究 (中公文庫, 1991) p.210.

 では一体なぜ栗田長官はこの最終的な反転を決意したのであろうか。それは次のような判断によるものであった。

(1) 基地航空隊の協力が得られず、また通信不達のため小沢艦隊の牽制効果も明らかでなく、自分たちだけが孤立して戦っている。

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今から10年前、2006年 3月、前月に修士論文と公聴会を終えた私は、学生時代最後の課題として、あるシステムの開発をしていました。

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開発の開始が、2006年3月1日、運用開始が同月29日です。

  システム管理・開発日記 2006年 3月

「跳躍連想」の名は、2006年1月21日、京都・四条大橋西詰から阪急河原町駅につながる地下道で思いつき、阪急京都線の特急車内で手帳に書き留めました
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