無窮 i ラボ Blog

知的ネット社会、知そのもの、機械との共生、プログラミングに関して。

 
 



なお、成功(:将棋に勝つこと)が理解(:“読み”。即ち、将棋の思考)に先行することを、恐れることはない。

ミネルヴァの梟という例えがあるように、「哲学は、常に現実を後追いし」、「技術の相当数はまず成功した後にその理論的理解が生まれ」るものなのだ (知能は知性に先行する)。
スポンサーサイト
 このエントリーをはてなブックマークする このエントリーを含むはてなブックマーク
2017年 2月4日、決断速度と質の向上システム「決断改善システム」の公開を開始しました。

  決断改善システム

決断の速度と質を向上させるのに資する TBS「逃げるは恥だが役に立つ」(2016) の一節 *1 を、〈再生されるべきシーン〉*2 として陽に扱います。

我々は、時に娯楽や芸能を軽視しますが、
労働者が翌日も労働力を出力できるように回復するためには、特に、食・住・娯楽が必要である。現代の労働者は、知的成果物を出力している。よって、食・住・娯楽と知とは、表裏一体である。
芸能は、聖と俗をつなぐもの。
そして、日本神話「天岩戸」における、芸能神・アメノウズメの活躍を鑑みれば、
その働きは、大であることが分かります。

初出:
Facebook 2017/ 2/12


*1 「逃げるは恥だが役に立つ」(2016) 4話より:

森山みくり、小賢しさフィールド全開!
どうせ小賢しいのなら小賢しさのすべてを賭けて平匡さんに正面から挑む!
さぁ、どうする? 津崎平匡。
どうする? どうするどうする?



*2 水村 美苗 : 日本語が亡びるとき (筑摩書房, 2008)の〈読まれるべき言葉〉からの発想。

水村 美苗 : 日本語が亡びるとき (筑摩書房, 2008) p.144.

学問とは、なるべく多くの人に向かって、自分が書いた言葉が果たして〈読まれるべき言葉〉であるかどうかを問い、そうすることによって、人類の叡智を蓄積していくものである。

水村 美苗 : 日本語が亡びるとき (筑摩書房, 2008) p.302.

国語教育の理想を、すべての国民が書けるところに設定したということ、国民全員を〈書く主体〉にしようとしたこと――それは、逆にいえば、国語教育の理想を〈読まれるべき言葉〉を読む国民を育てることに設定しなかったということである(...)。ところが文化とは、〈読まれるべき言葉〉を継承することでしかない。〈読まれるべき言葉〉がどのような言葉であるかは時代によって異なるであろうが、それにもかかわらず、どの時代にも、引きつがれて〈読まれるべき言葉〉がある。そして、それを読みつぐのが文化なのである。


関連:

 このエントリーをはてなブックマークする このエントリーを含むはてなブックマーク