無窮 i ラボ Blog

知的ネット社会、知そのもの、機械との共生、プログラミングに関して。

 
 

岩田 宗之 : 議論のルールブック (新潮新書, 2007)の内容をまとめました。




1. 議論を始める/議論に参加するときの心構え

 1-a.「単に自分の意見を聞いてもらうことだけを目的にするなら、議論の場は適切ではありません。」(pp.105-106.)


2. 議論中に持つべき意識

 2-a. 知ることを欲する。例えば、自分の意見が間違っていることを知ることを欲する。

 2-b.「納得できる」回答を目標にする。

 2-c. 聴者・観客がいる場合には、彼らの利益になるように行為する。


3. 話すときの心構え

 3-a. 相手が話した内容を、自分が持つ「正しさの基準」と照らし合わせて、良い面と悪い面を話す。

 3-b. 躊躇せずに相手の意見に反論する、または相手と異なる意見を伝える。ただし、否定合戦にならないように配慮をする。


4. 聞くときの心構え

 4-a. 相手の意見を理解する。理解できなければ質問する。自分の意見と違っているように一見みえても、子細に検討すると両立する意見なのかもしれない。

 4-b. 自分の意見について、相手に、多様な良い面と悪い面(特に、悪い面)を話してもらうようにする。

以下、まとめ項目ごとの引用:

2-a.

p.55.

 知ることを欲していない人は、議論に参加してはいけないのです。

p.132.

「○○という説は間違っていた」ということだけが、我々が手にすることのできる唯一確かな結論なのです。


2-b.

p.114.

議論では、「分かる」というのは必ずしも「正しい」という意味ではなく、「納得できる」という意味なのです。

p.141.

 本当の真実でなければ意味がないと思うなら ... 議論に参加してはいけません。議論で言い合っている人々は、「我々は絶対の真実を知ることはできない」ということが分からずに言い合っているのではありません。


2-c.

pp.97-98.

[議論の形態(1) 討論]

討論は、自分のためだけにするものではなく、むしろ観客のためにするものです。意見は討論の相手に言うものではありません。観客を意識しない討論は無意味です。そして、それぞれの意見に優劣をつけることがもしあるとしても、それは討論の当事者ではなく、観客が決めることなのです。


3-a.

p.143.

 人の話を聞くということは、人が話した内容を自分自身が持つ「正しさの基準」と照らし合わせることです。

p.101.

議論の過程では、そこで出された意見を検討し、良い面と悪い面を明らかにするにとどめます。... 最終的な結論は、すべての意見が積みあがって議論が終了してから、総合的に考えます。


3-b.

p.93.

議論で得られるものは「違う視点」である

pp.93-94.

 議論は、皆が集まって同じ結論を出すことに意義があるのではありません。皆が集まって、それぞれが違う発言をすることに意義があるのです。...「結論が人それぞれなのだから議論は無意味だ」というのはまったく逆です。結論が人それぞれだからこそ議論する意味があるのです。

p.120.

 議論とは、「正しいことを得ようとする場」だと述べました。そして、正しいことを得るには、仮説を出し合い、それに対して反証を出し合うという手法が有効です。とするなら、議論の場とは、お互いに相手の仮説を否定するような証拠を出し合う場だということになります。極言すれば、議論とは人の説にケチをつける場なのです。

p.139.

相手の意見が否定されたところで、それが自分の意見の肯定に結びつくとは限りません。いったん否定合戦が始まると、すべての意見が否定されて、何も残らない焦土になってしまいます。


4-a.

p.25.

感情論を避けるための原則(5) 分からなければ聞いてみる

p.90.

議論とは「話を聞くこと」である

p.92.

 相手の発言を否定せず、理解しようとするところから議論は始まります。相手の発言が激しい口調で自分を攻撃しているように感じられたとしても、よくよく話を聞いてみれば、自分にとって非常にためになる情報や意見が含まれているかもしれません。相手の発言に反発してしまうと、それらを受け取れなくなってしまいます。

p.153.

何かを主張する時に、その前提が何かを明確に意識できていることはあまりありません。前提が曖昧なまま、一般論として述べられます。とすると、テーゼに対してアンチテーゼを作ることは、テーゼが持っている暗黙の前提をあぶり出す良い手段になります。テーゼとアンチテーゼのどちらか一方しか正しくないと考えるのではなく、どちらも正しいと考えられるのはどういう場合かを考えるのです。


4-b.

p.121.

「悔しかったら反論してみろ」ではなく、「お願いです。どうか反論してください」でなくてはなりません(...)。

p.194.

なぜ自分の質問に対して回答をしてもらえないのかというと、質問の内容が悪いからです。相手が答えたくなるような質問をすれば、わざわざ強制しようとしなくても自分から答えてくれるはずです。
スポンサーサイト
 このエントリーをはてなブックマークする このエントリーを含むはてなブックマーク  
  
 
 
■  ■  ■

 
本文へは上スクロールしてください












管理者にだけ表示

トラックバックURL↓
http://nhm.blog75.fc2.com/tb.php/407-b852a080

新しいトラックバックほど上に表示されます。