無窮 i ラボ Blog

知的ネット社会、知そのもの、機械との共生、プログラミングに関して。

 
 

検索は、知の消費者にとって「入口」であるが、知の生産者にとって「出口」である。

知の消費者の「入口」として適した検索と、知の生産者の「出口」として適した検索は、異なる。

Googleは、知の消費者にとって「入口」である。Googleは、答えを与える。PageRankアルゴリズムにより、もっとも価値があると判断された答えを利用者に提示する。

検索を「入口」として使用する利用者は、「入口」すぐに目的の知識があることを望む。

確かに、真偽を問う内容ならば、真実の知識だけを利用者に提示すればよい。

対して、意見に関しては、正しい意見が多数存在する。しかし、「入口」すぐに利用者が目的とする知識を提示しようとする Google は、順位が中くらいの意見を利用者に提示する仕組みとして適していない。

これが、ネットにあまり詳しくない人から、ネット上の意見は「単一的だ」といわれる理由になっているのではないか。


個々人が発信者であるネットには、多様な意見が存在する。検索を「出口」として使用する利用者は、自分の意見が広く読まれることを望む。

知の生産者にとって「出口」である検索は、意見の多様性を保ったまま、検索結果を利用者に提示する。



補足:

意見の多様性を保ったまま、利用者に知識を提供する仕組みとして、「まとめサイト」がある。

しかし、「まとめサイト」は人手による。人手では非力だ。"くわ(鍬)"・"もっこ(畚)"ではブルドーザに勝てないのである。

機械による仕組みが必要だ。それが、知の生産者にとって「出口」である検索なのである。
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少数意見を見つけ、伸ばせることをネットの魅力に
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2010.04.24 13:36 URL | TAKAGI-1(管理) #cAPDhLHE [ 編集 ]












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