無窮 i ラボ Blog

知的ネット社会、知そのもの、機械との共生、プログラミングに関して。

 
 

私は、一般人のネットにおける存在は、ネットに利益をもたらす、と考える。以下に理由を記す。

註:
“上位者”は、「ハイブロウな人」「頭の良い人」を意味する。“一般人”はそれ以外の人を意味する。


● ネットにおいて、一般人は常に一般人ではない

・一般人は、時として(一時的)上位者である。

・一般人の一部は、後の上位者である。

・一般人を上位者にする仕組みがある。

  ネットの登場によって、一般人が接する情報量は増えた。一般人は、ネットでたまたま見かけた情報に触発されて、上位者品質の知的生産を行うことがある(その分野の専門知識をもっている場合など)。ネット検索は事典による情報探索よりも、予期しない情報を見かける機会が生じにくいとされるが、増加した情報量との掛け算では相当の機会があると考える。


● ネットにおいて、一般人の存在が、上位者の利益になる

・一般人に上位者と同じ環境を与えることによって、上位者に対する僻み(ひがみ)を取り除き、上位者が上位者としてふるまえるようにする。

・一般人段階という踊り場の存在によって、将来の上位者に、ネットへの参入障壁をなくす。

・一般人の上位者への移行障壁をなくすことによって、上位者が緊張感を持ち続け、上位者の質がさらに向上する。


● ネットにおいて、大数の一般人は、少数の一般人よりも質が高い

「量は質に変換される」。

どのようにして:

・意見をもった複数のゆるい集団が生じる。複数の意見集団の存在と活動により、意見の大勢(たいせい)はそれぞれの意見の間の極端でないところに落ち着く。また、集団内で相補されることにより、個人がつぶされることがない。

・意見集団に関わらず、個人は相補されることにより障害を乗り越え、また影響を受けることによって活動の動機を得て、立ち止まらなくなる。
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