無窮 i ラボ Blog

知的ネット社会、知そのもの、機械との共生、プログラミングに関して。

 
 

感覚の哨戒線と自発性・当事者意識によって、知性が可能になる。

イマヌエル カント=著, 中山 元=訳 : 純粋理性批判〈2〉(光文社古典新訳文庫, 2010) p.186.


感覚能力に含まれる]受容性が、[この作用{:感覚によって得られた多様なものを〈見渡す作用〉}に含まれる]自発性と結びつくことによって、初めて認識が可能になるのである。

 この自発性がこそが、すべての認識のうちに必然的に含まれる三種類の総合の土台となるのである。三種類の総合とは、直観において心が[触発されて]変容したときにさまざまな像が把握され、想像力において[心のうちで不在な像を思い浮かべることによって]像が再生産され、概念において[心が予測しながら]像が再認される営みである。これら三つの総合は、わたしたちを主観の三つの源泉[すなわち直観、想像力、概念]へと導いてゆく糸のような役割をはたすのであり、これら三つの源泉によってこそ、知性というものが可能となる。

{}内、太字は、ブログ著者による。
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