無窮 i ラボ Blog

知的ネット社会、知そのもの、機械との共生、プログラミングに関して。

 
 

カントの「純粋理性批判」を解すれば、感覚の哨戒線と自発性・当事者意識によって、知性が可能になる、といえる。

福沢諭吉は、「一身独立して一国独立する事」と書いた。一身の独立には、新たな情報に気づく感覚の哨戒線と、情報を自らの行動に変換し、行動する自発性・当事者意識が必要である(引用を参考)。そして、前述により、このとき知性が可能である。また、繰り返しになるが、「一身独立して一国独立する」のである。

わたしが言いたいことは、国民一人一人の知性と、国の独立は、密接に関係しているということである。
参考としての引用:

学問のすすめ 三編より。

駿河の人民は、ただ義元一人に依りすがり、その身は客分の積りにて、駿河の国を我本国と思う者なく、フランスには報国の士民多くして国の難を銘々の身に引き受け、人の勧めを待たずして自ら本国のために戦うものあるゆえ、かかる相違も出来しことなり。

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