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2014年 5月13日頃より、TPP(環太平洋パートナーシップ協定)の知財交渉において、著作権保護期間が著作者の死後70年で統一される方向で調整されているとのニュースが報じられています。日本の現行制度では、死後50年です。20年延びると、どうなるのでしょうか。

結論:

著作権保護期間が著作者の死後70年になると、著作物が生まれた背景と評価が添えられないため、良い著作物であっても世代を超えて伝わらなくなる。良い著作物が社会に共有されず、累積性が弱くなるため、人類の向上が遅くなり、人類は失敗しやすくなる。

なぜならば:

著作物、ここでは本だとしましょう。

著作権保護期間が切れた本は、内容を自由に利用できます。本の全文をインターネット上にそっくりそのまま載せても、何ら問題はなく、むしろ著作権法の目的「文化の発展に寄与すること」(第一条)のために推奨される行為です。自由に利用できないために利用されないのでは、「文化の発展に寄与すること」はありませんから。著作権保護期間が切れた本の全文をインターネット上で全文公開しているサイトとして、例えば、青空文庫があります。

著作権保護期間の延長により 自由に利用できるよう、本の内容を提供可能になる時期が 20年変わるだけでしょうか。

いえ、著作権保護期間後の世代が、その本の内容にアクセスしようとする意欲の大小に関わってくるのです。

日本の現行制度である〈著作権保護期間が著作者の死後50年である場合〉(ケース1)と、TPP交渉で挙がっている〈著作者の死後70年である場合〉(ケース2)で比べてみましょう:

共通想定: 本の出版後10年で著作者が死亡する。読者は、本を、出版2年後の22歳の時に読む。

ケース1: 著作権保護期間が著作者の死後50年である場合

本の出版後3年以内にその本を読んだ人が、著作権保護期間が切れたときにも、たいてい心身が健康です。

上記想定では、読者が80歳のときに著作権保護期間が切れます。なお、日本人の2010年における寿命中位数(出生者の半分が達すると期待される年齢)は86歳程度 * でから、半分以上の割合で重度の労働でなければ対応できる程度に心身が健康だと考えられます。

この読者は、本の出版時の背景をよく知っています。どのような背景のなかで本が生まれ、その後の世界がどのようであったかを体験しているため、詳しい評価ができます。この読者は、自由に利用できるようになった本の内容(本の内容が公開されているWebページへのリンク)を、評価を添えて、発信します。

良い評価を添えられた本の内容は、若い世代に利用されるでしょう。本の出版時の背景、その後の長期にわたる体験に基づく評価に、若い世代は大いに惹きつけられ、大きな意欲をもってアクセスします。

その結果、良い評価を添えられた本の内容は、若い世代に伝わり、社会はその内容を共有します。良い内容を、社会が共有するのです。人類は、その内容を階段の材料にして、ひとつ上に昇ります。

過去に発表された人類の生産物により、将来の人類が向上するという、累積性が生まれます。累積性は、万有引力で有名なアイザック・ニュートンの「私がさらに遠くを見ることができたとしたら、それはたんに私が巨人の肩に乗っていたからです」という言葉に表わされるように、その分野の向上の源になる性質です。科学の発展に思いを馳せれば、ご理解いただけると思います。

ケース2: 著作権保護期間が著作者の死後70年である場合

本の出版後3年以内にその本を読んだ人が、著作権保護期間が切れたときにも心身が健康である場合が、極めて稀です。

上記想定では、読者が100歳のときに著作権保護期間が切れます。日本人の2010年出生者が90歳まで達する割合は34%程度、95歳まで達する割合は16%程度 * ですから、105歳程度まで達する割合は極めて少ないと考えられます。

もちろん本の出版後だいぶん経ってから読んだ読者は、年齢が若く、心身が健康です。しかし、そのような読者は、どのような背景のなかで本が生まれたかを知りません。それだけでなく、そのような読者の数そのものが少ないです。

なぜならば、出版後に時期を経た本は、読まれない傾向にあるからです。本とは異なりますが、日本原子力研究所の図書館において複写・貸出がされる雑誌は、最新1年間の号が全体の23%、5年前の1年間に発行された号が全体の4%ほどです (仲本 秀四郎 : 科学技術図書館の現在と未来―日本原子力研究所図書館の現場から (勉誠出版, 2007) p.70.)。つまり 5年間で読まれる頻度は 5分の1以下に落ちています。本についても、程度の差こそあれ、同じ傾向が言えます。

したがって、本の内容がいくら良くても、それを若い世代を惹きつけるような背景や評価を添えて紹介されることは、少ないでしょう。それ故に、インターネット上に全文が載せられていてもアクセスされることは少ないでしょう(そもそも、アクセスが期待されなければ、全文を載せる作業にも困難が伴います)。

【2014/ 5/25 追加。ここから】 著作権保護期間が切れる前であっても、その内容を次の世代に伝える方法があります。“引用”です。

しかし、著作権保護期間が切れる前に著作権法上 認められる引用は、「公正な慣行に合致」し、「引用の目的上正当な範囲内」に限られます。内容の核心は、引用で伝えられますが、それを支える部分は、引用ではまかなえません。「続きはWebで」としたいところですが、著作権保護期間が切れる前には、「続きはWebで」が、できないのです。【2014/ 5/25 追加。ここまで】


ケース1で考えた機序(メカニズム)による累積性は、弱くなります。著作物という形で記録された、良い知識や知恵が、世代を超えて伝わる量が減ります。

資源の枯渇などが引き起こす新たな状況に対し、そのうちに、人類は対処に失敗します。ケース1よりも高い割合で人類は失敗します。


もう一度、結論:

著作権保護期間が著作者の死後70年になると、著作物が生まれた背景と評価が添えられないため、良い著作物であっても世代を超えて伝わらなくなる。良い著作物が社会に共有されず、累積性が弱くなるため、人類の向上が遅くなり、人類は失敗しやすくなる。


補足:
本文章は、2007年に発表した「著作権保護期間 70年では次の一世代による情報の全面的な再利用可能化作業ができない」を元に、その後 7年間の状況変化(電子書籍の登場、電子化の容易化)を考慮し、また、累積性という視点を追加して、文章化したものです。

参考資料:
* 寿命中位数等生命表上の生存状況|厚生労働省。なお、本文章では、男女比を1:1として、概算しました。
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